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磯焼けが広がる五島。未利用魚の活用で海を取り戻す
2023-10-21 20:37:28

近年、五島列島では磯焼けが大きな問題になっている。海藻を好むニザダイやイスズミ、アイゴ、ブダイなどの魚が増え、稚貝や稚魚を育てる“海のゆりかご”である藻場を食べ尽くしてしまうのだ。


藻場が消失すれば、生態系のバランスが崩れてしまう。磯焼けの原因はいくつかあるが、温暖化のため海藻を好む魚が冬でも活発に活動し、藻場の食害が年間を通して続いてしまうことが大きな原因といわれている。そして磯焼けと同時に五島の漁業として問題となっている未利用魚。未利用魚とは、漁獲されても規定サイズに見合わない場合や漁獲量が少ないなどの理由から市場に出回らずに流通価値がない魚のことだ。また、この五島は水揚げされた魚を都市へ輸送する際に距離(輸送時間)やコストがかかるという離島ならではの問題もあり、高値がつかない魚は未利用魚の対象となり、海に戻されたり処分されたりすることもあるという。さらに調理にひと手間がかかる魚も敬遠される。その代表ともいえるのが、まさにニザダイやブダイ、そしてアイゴだ。海藻を好んで食べる魚は胃の中で発酵した海藻が独特の匂いとなるため食用としては嫌われる。これらの魚は海藻を食べ尽くし磯焼けの一因となる厄介な上に値がつかず市場に出回ることもできず、結果として未利用魚として処分されるか、海に戻され、磯焼け問題に影を落としている。
このような五島の海が抱える問題に30年ほど前から向き合ってきたのが、福江島で練り物製造を営む「浜口水産」だ。

「未利用魚という言葉が使われ始めたのはここ数年のことですが、私たちの取り組みとしては、先代の父から始まっています。約30年前、それまで大量に獲れていたイワシがまったく獲れなくなったことがありました。その時に父が『これから先、魚が突然、獲れなくなる可能性も考えておかなければいけない。どんな魚も練り物の材料にできるようにしよう』と言い出したのです。当時はまだ海の環境への社会的関心は薄かったと思いますが、父には何か感じることがあったのでしょう。特定の魚種にこだわらず、水揚げされても値段がつかず捨てられてしまうような魚も買い付け、捌いてすり身にするようになりました。以前はコチ、ヤカラ(アオヤガラ)、マトウダイなどを未利用魚として活用することが多かったですね。今ほど名前が知れ渡っていなくて人気がなかったんですよ。最近はニザダイなどの海藻を食べる魚を活用することが増えました。独特な磯臭さがあるので敬遠されるのですが、新鮮なうちに内臓や血など匂いの元になるものを取ってしまえば、十分に活用できます」と、浜口水産の独自の取り組みについて専務取締役・濱口貴幸さんの言葉だ。



「浜口水産」専務取締役の濱口貴幸さん。五島の未利用魚を活用した製品づくりに積極的に取り組んでいる。


浜口水産では新鮮な魚を仕入れて自社ですり身にし、かまぼこなどの練り物にする。当たり前の製造過程と取材の中でも考えたのだが、実際には「冷凍すり味」を業者から仕入れ練り物を製造している場合が多く、魚を仕入れてすり身から練り物を作る会社は、実はごく僅かだという。自社で完結する浜口水産の練り物製造へのこだわりでもある。

「パン作りに例えると、モミのついた麦を仕入れて製粉から自社で作っているイメージですね。新鮮な魚を仕入れることは浜口水産の譲れないこだわりです。未利用魚を活用し始めた30年前は、私もまだ20代で若かったので大量に水揚げされた魚を捌くことが嫌で仕方ありませんでしたが(笑)・・・、さまざまな魚のすり身を混ぜることで、単一魚種の練り物とはまた違う、おいしい味を探る試行錯誤は楽しかったですね」

五島列島福江島富江町で、練り物製造を営む「浜口水産」。ショップ奥に工場があり、練り物作り体験や工場見学もできるようになっている。


取材日はアジのすり身を使った「半月天」を製造していた。「浜口水産」では単一魚種で作る練り物もあれば、五島の魚をブレンドして仕上げる練り物もある。


未利用魚に値がつけば、漁師の収益になる。ニザダイやブダイなど、海の厄介者を活用することで磯焼け対策にも役に立つ。浜口水産では30年前からいち早く未利用魚活用に地道に取り組んできたが、最近は福江島の水産関係者の間に未利用魚活用への意識が高まってきたせいか、今まで安値で取引されていた魚が、市場で思いのほか高値で取引されることもあるのだとか。
「浜口水産が未利用魚を市場で直接、競り落としているわけではありません。キロ当たりの取引価格を漁協に事前に伝えてあるので、水揚げ時に未利用となる魚が出てしまったら、その価格で買い取るようにしています。未利用魚を少しでもなくすため、漁協も協力してくれています。獲れたものは冷凍し、通年かけて活用します。未利用魚は狙って水揚げする魚ではありませんので獲れたり獲れなかったりしますし、人気が出れば、浜口水産の取引価格より高値がついたりもします。そうすると私たちは未利用魚として購入できないわけですが、それはそれで仕方ありません。そもそも未利用になる魚を減らすことが目的ですし、水揚げした魚に市場で高値がつけば漁師さんも喜ぶわけですから、それでいいのです。大事なことは意識の変化です。未利用魚といっても、十分においしい魚もあるし、ひと手間かけることでおいしく食べられるものもある。そういう魚の存在にみんなが気づいてくれたら嬉しいですね」

浜口水産では新鮮な魚を素材に、練り物を作る。デンプンなどのつなぎは使わず、一晩寝かせることで粘り気を出す。加水も極力控え、魚本来の味にこだわる徹底ぶりだ。


浜口水産の“未利用”への取り組みは、実は魚だけではない。市場で値がつかず余ってしまった農作物を農家から買い取ったり、新型コロナウイルスの影響で販売できずに苦戦していた養鶏業者から鶏肉を買い取ったりしたこともあるという。
「市場に流通できずに困っているものがあったら浜口水産に持ってきてくれ、と五島の生産者には言っているんです。とりあえず買い取って、それから何に活用するか考えます。練り物に活用することもあれば、まったく新しい商品を開発することもあります。用途を決めずに買い取ることにみんなびっくりしますが、あれこれと商品化への思いを巡らせるのは楽しいものです。五島の生産者の役に立つのもうれしいですね。それに五島の海が昔と比べて変わってきていることは事実で、ある日に突然、魚が獲れなってしまう可能性もあります。だから浜口水産としては、魚以外の素材活用もビジネスとして検討しておく必要があるのです。つまり、それだけ五島の海に危機感を持っているということです」


約10年前、キビナ(キビナゴ)が大量に獲れ過ぎ、未利用魚の対象になったことがあった。その時も浜口水産が買い取り、キビナを丸ごと乾燥・燻製した商品を開発した。写真は獲れたてのキビナを乾燥している様子。


浜口水産では長年に渡り未利用魚を上手に活用し製品づくりに活かしてきたが、2019年より未利用魚を100%使用した「フィッシュハム」の製造にも力を入れている。7000万人の会員を持つTカード(2023年5月末時点)のビッグデータを活用し新たな社会価値の創造を目指す「Tカードみんなのソーシャルプロジェクト」によって製品化された商品だ。
「五島の未利用魚に付加価値をつけようと始まったプロジェクトで、未利用魚の加工を担当する企業として参加しました。30年前から未利用魚の加工はやっていましたし、他ではどこもやっていないので、浜口水産が引き受けるのは必然のことでした。磯焼けの原因を作るブダイのすり身を使うことを決め、シェフや流通関係者とのディスカッションを経て、味を調整していきました。浜口水産の練り物は魚本来の旨味を生かしたシンプルな味付けが特徴なのですが、この時はハーブや黒胡椒、塩レモンなども使って味付けしました。週末においしいビールと一緒にご褒美で食べるようなフィッシュハムを目指したのです。通常の魚の練り物とは違う味わいなので、練り物が得意でない若い方にも食べてほしいです。そして五島の未利用魚活用について、興味を持ってもらえるとうれしいですね」

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温暖化の影響で年々海水温が上がり、秋冬といっても海の中は夏の色が濃い状態が続いています。それでも台風や低気圧で徐々に水温が下がり、今年も間のなく待望のシーズンがやってきます。